クラブロクラブ

自然な波に乗せられて

チューニング

よくよく考えると出張ついでに人に会うというのが、今の私の最大の楽しみかもしれません。予定が入った日の前日、午前中にもう一つの予定を入れて、昼過ぎからはお楽しみタイムの始まりです。まずは私が大学時代を過ごした土地に住む友人宅へ。

 

育休中の友人は予定ではもうしばらくで復職という時期なのですが、聞くところによるといろいろと考えた結果、復職せずに退職することに決めたそうです。そうするんじゃないかという感じがあったので、それを聞いて私はよかったんじゃないかと思いました。

友人はなんだかすっきりしたような様子で、そのうちこういうところでこういうパートで働くかもね、みたいな想像話をしていました。私はその話を聞きながら、だったら絵本を描けばいいんじゃない、と言おうと思いましたが、あまり人にこうしたらどうかということを言うのも野暮な感じがするのでやめておきました。

 

ここ数年、本屋に行くと絵本コーナーをのぞくことが多くなりました。私には子どもはいないのですが、友人たちには続々と子どもが産まれ、いい絵本があれば機会を見つけてはプレゼントしています。そうすると不思議なもので絵本について考えることが増えていくわけです。もちろん市販の絵本の中にもとても素敵なものも多いのですが、個人的にはそういうものよりも素敵なものってどんなものだろうかと想像した時に、やはり友人の創る絵本が想起されるのです。

 

その友人の豊かな才能を、私は幾度も幾度も見かけています。それは自身の結婚式で披露した鉛筆ひとつ描いた自作のアニメーションであったり、それはふた月に一度の句会で披露されている俳句であったり、それは日々のブログの文章であったり、それは学生時代に作っていたぬいぐるみであったり、いたるところに散りばめられていますが、もちろんその基盤となっているのは個性、価値観、コンプレックス、といったものから滲み出るその人そのものなのでしょうけれども。ともかく、もしも私に子どもができたとしたら、その友人に絵本を創ってもらいたいと思っていました。

 

さて、そうこうしていると友人は、何年後かには絵本の勉強をして絵本を作りたい、と言いました。ああ、本人もそう思っていたのか、なんて素敵なことなんだろう、でも確かにこういうことってよくあるんだよね、と、なぜだかワクワクが溢れ出てきました。そして、だったら言おう思ったときに言っておいたらよかったなあ、と、ちょっと後悔もしたりしました。このずれは、今の私の感覚が少しずれていてる、たぶん日常生活に引っ張られてしまっているんだと思います。

 

 

たぶん、ずいぶんと喜んでくれるんじゃないかなと思って、会いに来る何日か前に私の住む土地の柿を送りました。ちょうど私が友人の家にいる時に届くように日時を指定しておいたつもりなのですが、結局その日は届きませんでした。数日後、郵便局からの電話で住所を誤って記載していたことを知りました。ひとつ前の家の住所でした。やっぱり少しずれていて、なかなかうまくいきません。

 

今のうちに修正しておかないとね。