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クラブロクラブ

自然な波に乗せられて

シット・アンド・ダウン

自分の手で物を創るとか、形として残す、あるいは作品と言ってもいいのかもしれませんが、そういった類いのことが上手にできる人たちには尊敬の念を抱かずにはおれません。学校の授業で言えば、図工、音楽、美術、書道、あるいは国語も一部そうでしょうか。

 

例えば漫画家のインタビューを読んでみると、このシーンを描きたかった、というような言葉が見られます。具体的な絵が浮かんでいるのでしょう。

あるいは俳句などの解説を聞くと、この句からは情景が浮かび上がる、というような表現でもってその作品の良さが語られることがあります。

もしくは本当にちょっとした工作やお絵かきのようなことであったとしても、ある程度の設計プランや完成後のイメージがあるのだろうと思います。

何年も前、誰かと話しているときにふと気がついたのですが、私はそういったことが非常に苦手なようです。何かを考える時や想像するときに、ビジュアル的なことがまったくと言っていいほど頭には浮かんできません。ほとんどモヤモヤ、あるいは文字で考えてしまうのです。どうやら世の中にはそうではなく、絵、画、ビジュアルでイメージすることが得意な人たちがいるみたいです。

 

そういえば、人の顔を覚えることも苦手だし、素晴らしい景色を見たとしても一瞬のものですぐにどこかへ行ってしまいます。共通の思い出をもつ友人たちと話をしていても、みんなが覚えているシーンを覚えていないのは、映像としての記憶が苦手だからなのかもしれません。情報処理能力が低いため、複雑なことは記憶できないし、想起できないし、ましてや創造できないのだろうと思います。もしくはそもそも情報処理の仕方が違うのかもしれませんが。

 

反対に、そういったことができる人たちの中でもさらに感性の優れた人たちだけが、人の心に響くものを生み出していけるのだろうと思います。

 

芸術、というと枠が狭まってしまう気がするので適切ではない気がするのですが、広くそのような表現ができる人たちに尊敬の念を抱くとともに、少しばかりの嫉妬が混じっているということは、私は本当はそういうことができる人になりたいと潜在的に思っているのだということが、最近になってようやくわかりました。そしてその才能のなさを自覚しているがゆえに、ひどくがっかりするのです。