クラブロクラブ

自然な波に乗せられて

こんなんでごめんなさい

年に一度のこの日が、今年もやってきました。

とある時期のとある組織のメンバーとその組織の今のメンバーの多くが集まります。一年に一度、あらためてなにかを確認する日でもあります。

 

今年は例年あまり来られなかった方も来られていたり、毎年この日に会うことが楽しみな人ももちろんいたり、残念ながら来られないメンバーもいましたが、なんにせよこの日はそういう日です。

 

しかし、しかしです。

 

もしかしたら当たり前なのかもしれませんが、今の人間にとっては、ただその場があるというだけで、そこに何を想うわけでもないのかもしれません。当時を知っていようがいまいが、その組織に関わる以上はその歴史の上に生きなければなりません。そこには脈々と受け継がれるものがなければならないのに、それが感じられないのは本当に恥ずべきことです。

 

共感、という力は、ある意味で人としての生き方を左右するもののような気がします。共感力が欠如する、主観人間とでも呼ぶべき人もいるでしょう。これもまた難儀ではありますが、共感の方向性が異なる人間とはうまくやっていくことがほとんど不可能に近い。

 

こうしてまた、より共感の方向性が同じ人たちを確認し、その対比で違う人たちに呆れてしまうのは、この日の正しい過ごし方ではないのですが、どうしてもそうなってしまうことが本当に情けなくもあります。

 

人のことはどうにもできません。どうにもできないことに腹を立てても仕方ありません。わかっていても、せめて腹を立てないと申し訳が立ちません。

 

そういうふうに生きていくしかありません。