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クラブロクラブ

自然な波に乗せられて

教科書が降ってきた

ずいぶんと昔からある全国的な組織は、各地域ごとで活動しています。知人からその組織に入らないかというお誘いを受けました。私は以前、何度か仕事でその組織と関わったことがあり、組織としての理念的な部分には共感するものがありましたが、そのメンバーあるいはメンバーの言動にはどこか懐疑的でした。閉鎖的というか自己満足感が強いというか、私が苦手とする雰囲気が嫌でも感じられました。

それでもその誘いに乗ろうと思ったのは、ちょうどその少し前くらいから、苦手な雰囲気をもつものに近寄らなさすぎる性格が何ともいいがたい閉塞感を生んでいるのではないか、という直感を持っていたからです。苦手な雰囲気の中に入ることで何を感じるのか、どう変わるのか、あるいは変わらないのか、何ができるのか、何ができないのか、あるいは何をやろうと思えるのか、思えないのか。明らかに苦痛を伴うと分かりきっていることを求めていくという、少し自分らしくない選択をしました。

 

正式に加入が認められるのはまだ何カ月も先のことになるのですが、その前の段階で強烈な違和感に苛立ちを覚えました。

 

その組織へ加入するには現メンバーの推薦が必要で、志望動機等の書類を書いて提出したあと、組織の役員の面接を受けて入会が認められるという仕組みのようです。

一昔前まではその組織に入りたい人であふれていた時期もあるそうで、誰彼かまわず加入させていては質が保てない状況だったそうです。ところが時代は移り、メンバー確保のために既存のメンバーが知り合いに声をかけて募集するというのが現状です。

 

年度ごとにその組織への加入の受付期間が定められているのですが、私が誘われたのは締め切りのおよそ1週間前でした。とりあえず書類をださなければならなかったのですが、ちょうどなにかと立て込んでいる時期でもあったのでなかなかそちらに時間がさけず、なんとかギリギリで提出しました。特に志望動機等を書く小レポートみたいなものには細かいところまで指摘が入るということでした。誤字脱字はもちろん気を付けるにしても、やれ字が汚いだとか、文章がわかりにくいだとか、いちいちケチをつけてくるそうです。今どきすべて手書きでなければならないというのもどうかと思うのですが、そもそもこちらの本心としては、志望動機なんてのはただ一言、おたくのメンバーに熱心に勧誘させたからでしかなく、それを仰々しく書かせること自体に抵抗があるのに。

 

 

少し間をあけて、役員による面接です。これも正直なところ理解に苦しみます。何が偉いのかわかりませんが、そんなに仰々しく構えられても、自分たちが誘った人をなぜ快く迎え入れることができないのでしょうか。そんなにも上下関係を植え付けたいのでしょうか。そんな組織ではないはずでしょうに。しかも、夏ど真ん中の時期にも関わらずジャケット、ネクタイ着用との指定が。すっかりクールビズが定着している時代に、新卒の採用面接でもないのだから。

 

 

私は、書類も面接も腹を立てながらも、どちらも自分なりに、それでも一応気を遣って対応しました。形式的なものだとわかっているし、万が一これでNoと言われたなら、そんな組織はこちらから願い下げです。結局何事もなくただただすべての人たちが決められた役割を当りまえのように演じるという、なんの面白みもないまま進みました。

 

 

この後も正式に加入する前段階として、何度かの義務研修、といういかにもな名前の会に出席しなければならなかったり、決して安くはない会費を徴収されたり、とてもではないけれども愉快な気持ちにはなれないようなある種の儀式的なことが続くようです。

 

過去の栄華に胡坐をかいて勘違いしているだけの組織文化が、メンバーが変わっても脈々と受け継がれている時代から取り残されそうな組織。

仕組みの目的を考えることなく、ただただ前例にならって変化を求めない組織。

誰もがおかしいと感じながらそれに慣れてしまい同じことを繰り返していく組織。

これからが本当に楽しみです。