クラブロクラブ

自然な波に乗せられて

5番の旅人とバツイチラジオ

ひとまわりほど年下の知人、各地を歩き回っているのですが、久しぶりに地元に帰ってきたと連絡があり、共通の知人を含め3人で食事をすることになりました。

 

私が最近いかがなものかと思う出来事について話をしたところ、その知人は同意し、もう一人の知人はわからなくはないけれどその感覚はない、とのことでした。世間的には後者の方が一般的な感覚であるということは、その出来事がニュース番組で特集を組まれていたことからもよくわかります。美談として取り上げられていたその出来事に素直に素敵なことだと思えない私はどこかしらひねくれたところがあるのだろうと思います。他にも、その知人は私と同じような時期に同じような原因で同じような考え方から、非常に暗く沈む期間があったことがわかり、またそのことを現時点では私と同じようにとらえていました。心がひっかかることの感覚がかなり近いということがわかりました。もちろんもう一人にはどんなに説明してもまったく伝わりませんでしたが。

 

 

ひとまわりほど年上の知人、知り合ってからはもうだいぶ経つのですが、ひょんなことから共通の知人と3人で食事をすることになりました。

その知人は仕事の都合で少し遅れてくるということでしたので、2人で先に食事を始めていました。その知人ともう一人の知人は公私ともに親しいため、私にその知人についていろいろと教えてくれました。ほどなくして知人が合流し、様々な話題について、おそらくわりと本質的なところまで話が及びました。

話を聞くうちに、なんだか私はその知人と性質が似ているような気がしました。たとえば、普段はおちゃらけているけれどブレないポイントがあり、そのことに関してはまわりの人にもわりと厳しくあたる、とはもう一人の知人から見たその知人の姿でしたが、たぶん、私もそうです。しかし、解釈としては厳しく当たっているわけではないと思いました。私も怒っていないのに怒っていると思われることがよくあるのですが、ただ夢中になっている、真剣になっているだけなのだろうと思います。他にも、本当に重要な決断、それは特に自分自身についてのことですが、その考え方もとてもよくわかりました。あるいは、その知人が私にする質問が、もう一人の知人からすると結構冷や冷やするような角度だったようなのですが、私はまったく違和感がありませんでしたし、またその逆もそうだったようです。

決定的に違ったのはその表出の仕方がポジティブかネガティブかの差でしたが、その根っこにあるところは非常に近い感覚であることがわかりました。

 

 

この二つの機会がさほど間をあけずに続いたことは、私にとっては実にありがたいことでした。

同質性が高い人と話をするのはとても楽しいです。そこに、正反対とは言わないまでも、その性質について理解できない、けれどもそういう人のことも受け入れてくれる人がいると、さらに楽しくなるのかもしれません。

さほど深い関わりではなかったとしても、同質性が高い人とは自然と気が合うような感じが直感的にするのでしょうか、その感覚はあまり間違っていないのかもしれません。でも、いきなり二人で楽しめるかというとなかなかそうもいかず、そこをつなぐのは得てして第三者です。

そこがまた人間のおもしろさなのかもしれません。