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クラブロクラブ

自然な波に乗せられて

心理的な安心感

2ヶ月ほど前。いろんな人にいろんなことを手伝ってもらいながら、なんとかやり過ごしていたものの、とにかく精神的に慌ただしく、何かに追われるようなあるいは押しつぶされるような感覚がしばらく続いていました。

 

この日は、以前知人に大雑把にお願いしたことを具体的にするためにわざわざ来てもらいました。わざわざ来てもらったのに、差し入れまでしてくれました。しかも私が潜在的に大好きなお菓子。

 

ひとまず昼食は、知人のリクエストの蕎麦屋に。よく行動を共にしていた元同僚がこの店が好きで、一時期しばしば通っていましたが、ここしばらくはご無沙汰だったので久しぶりに行く機会ができてちょうど良かったです。特別おいしいわけではないのですが、どこか安心するお店です。

 

お腹も膨れて作業場に向かいます。助手席の知人は、私の興味のある分野が苦手なわけではなく、むしろそれ向きなところもあり、そのあたりの話題を積極的に提示してくれます。私はそれらについて自分なりに掘り下げて分析し、自分の中で納得がいく捉え方ができればいいという自己完結型なで、人に細かく説明するというのが得意なわけではないのですが、知人はそこまで深く掘り下げるわけではないので、適度に話をできるくらいで、ちょうどよかったです。

 

作業場に着くと、一息ついてから、具体的に何をお願いしたいのかという説明を一通りします。それについては知人の方が専門性が高いので、私は物を確認しながらあれこれ不足がないか尋ね、さらに必要な作業を洗い出します。と同時に、細かい作業、単純作業みたいなものがたくさん出てくるわけですが、元来、単純作業が好きな私が、この時はもうそれどころじゃなくて、わりかしストレスだったのです。それを知ってか知らずか、知人は、まだ時間あるからこれやっておくね、と実に自然にその作業を買って出てくれました。ワチャワチャしていた頭と心のもやがスーッと晴れたのが確かにわかりました。

 

癒し系という言葉が一般的に使われるようになったのはいつの頃からだったかは記憶にありませんが、この日、これを癒し系というのかと、はじめて腑に落ちました。

知人はたしかにそういう雰囲気は持っていたのだけれど、私自身がそれを実感する機会はこれまでなかったことに気がつきました。心身の疲れが溜まっているときには、とても効果的です。とてもありがたく思いました。

 

私はと言うと、せっかくもらったお菓子を机に置いたまま開けるのも忘れ、作業に明け暮れていました。きっとその知人も一緒に食べたかっただろうに。解散してからそのことに気づき、いくら余裕がなかったとはいえ、そんなこともできなかった自分にひどくガッカリしました。