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クラブロクラブ

自然な波に乗せられて

カラフルな白

Superflyのライブに行きました。

 

ライブとコンサートは基本的に同じ意味だと思われますが、受ける印象は若干異なります。コンサートと聞けばゆったりと音楽や歌を聴くことを楽しむような、席に腰かけて楽しむような、ライブと聞けば音楽や歌に合わせたそのノリを楽しむような、立ったまま楽しむような、正しい解釈ではないでしょうが、そんなようなニュアンスが感じ取られます。先月行ったのは中島みゆきコンサートでしたが、今度はSuperflyライブです。とはいえ何年か前の井上陽水は少しライブ寄りのコンサートというような感じでしたが、ツアータイトルはライブだったような気がしないでもありません。とまあ、かように曖昧なものではあります。

 

ともあれ、私の実感としては初のライブで、チケットを取るときにも幾分悩みました。ライブ的なノリが得意ではない、むしろ苦手なのです。座ってゆったりと味わいたいのです。しかしそれはそれとして、もしライブというものに行くのならSuperflyだな、という想いも後押しして、半年ほど前にチケットを取りました。

 

さて、開演時間の20分ほど前に会場に着くと、すでにかなりの人が集まっていました。しかし、8,000人以上の観客が集まるにしてはむしろ落ち着いている印象でした。ファンクラブのブースこそすぐに目につきましたが、私の通った導線上にはグッズ販売すら見当たらなかったように思います。

 

アリーナ席とスタンド席がありました。チケットを買うときには席種の選択の余地はなかったように思いますので、おそらくアリーナ席はファンクラブ限定販売なのかもしれません。スタンド席は1Fフロアを取り囲むようにして2Fに設けられています。私の席はステージを正面にすると左側の真ん中あたり、前から3列目でした。ひとまず腰を落ち着け、1Fフロアのアリーナ席を見るとパイプ椅子がきれいに並んでいました。これではスタンド席の方がいいなあ、と座り心地のいい席に満足していました。

 

そうこうするうちに開演の時間となります。時間通りに始まらないのはエンターテイメント産業ではあたりまえのことなのかもしれません。少し間をあけて、いざ始まるとなったまさにその時、歓声そして拍手とともにみんながみんな立ち上がりはじめました。

小さな身体からは想像できないほどの迫力がSuperflyの魅力のひとつでもあろうとおもいますが、ライブというものは楽器までが大音量、空気の揺れがスタンドをも揺らすようです。のんびりと座っていた空間が一瞬にして違う世界になりました。

わかってはいましたがやはりそういうものなのか、と少しがっかりしてしまったのは、素直な反応だったのかもしれません。

しかも、ほとんどが手を斜め上に突出し、曲に合わせて動かしています。私は大勢の人が同時に同じ動きをする状態がすこぶる苦手です。無条件に合わせなければならないという脅迫めいた圧力が嫌いです。いったいどれだけ自分の意思が込められているというのでしょうか。しかしそれに反抗している人など1割にも満たないという空間です。だからこそ、私の前の席の女性が拍手はすれど同調しなかったことに、一方的に親近感を抱きました。

 

 

聴いたことがある、というのは思いのほか大切なことかもしれません。歌詞も含めて聴きたいのに、なにせすべての音が大きいので聞き取りきれません。その場での声が音としてしか入らなくても、知っていればそれを言葉として受け取ることが出きます。

 

Superflyの歌う曲はとても素晴らしいものが多いのですが、中でも好きな曲が3つあります。そのうちの1曲は最後まで出てきませんでした。もう1曲は初めの激しさが少し収まった頃、残り1つはアカペラでした。それらを聴きながら、迫力のための大音量は私にとっては必要ないものだと実感しました。

 

途中、Superflyが一旦退場し、その間をコーラスとして参加していた5人組が仕切りました。ほとんどのファンはとても協力的でしたが、私は腰かけました。休憩時間を取るくらいなら、少しでも観客が楽しめる時間を長くしたいという配慮なのだろうと思いますが、私は受け取り方が分かりませんでしたので、休憩時間にあてました。

 

再び登場するSuperfly、色を意識したステージは、ふいに何年か前の記憶を呼び起こしました。自分の持ち味について考えていた時、私の友人が色を使って説明したのです。

一色しかない世界には赤という概念がない。自分が赤だとしても、いくら自分を見ていても赤だとはわからない。青から見た、白から見た、橙から見た赤はそれぞれに違った印象を語ってくれるし、青を見たら、白を見たら、橙を見たら、自ずとわかってくる。

ひょっとすると記憶違いかもしれませんが、そういった類いのことを言われたような覚えがあります。

 

休憩前に、赤、緑、青のステージを使いました。休憩後のステージは白でした。赤、緑、青、光の三原色が合わさって、白です。その演出に感じ入りました。

 

最後の曲が終わり、演者がすべて舞台裏へと戻っていきます。鳴り止まない拍手から、いつしかウェーブが起こり始めました。はじめはアリーナ席だけでしたが、それがスタンド席へと波及していきます。アリーナからスタンド、そしてまたアリーナへと循環する波となりました。アンコール、という言葉は発さないまま、そのウェーブが続きます。私の前の席の女性、決して手を振り上げなかった人までもが、そのウェーブに参加しました。それでも私は参加しませんでした。その頑ななまでの姿勢には自分自身でも少しあきれましたが、それほど苦手なのでしょう。

 

映像とともに姿を現したSuperfly、影と映像が一体化する、それはそれは素晴らしいものでした。そして3曲。

アンコール、というのは、昔は違ったのでしょうが、今ではすっかりそれも含めて一つのパッケージとなっているようです。そこに偶然性はなく、演者も観客も予定調和を望んでいるようでした。それがどこかむずがゆく、計画的でもいいからせめて偶然性を演出してくれないかと願っていました。そしてきれいに終演を迎えました。

 

とてもいい体験をできましたが、向き不向きで言えば想像通り不向きでした。また機会があればライブに行こうという気には今のところなっていません。しかし、Superflyのコンサートがあればぜひとも行きたいです。

 

 

それにしても、3時間は長い。

体力と集中力が続かない。