クラブロクラブ

自然な波に乗せられて

子ども心と秋の空

友人の結婚式の翌日、昔懐かしのいつものメンバーが連れ立って遊びに行くことになりました。結婚式に出席するにあたって、私は地方から出てきていたので当時の相方である友人宅に泊まるり、翌日一日空けてその次の日の早朝にまた遠出する予定でしたので、空いた一日に遊びに行こうと、その友人が声をかけて計画してくれていました。私と相方夫妻、そして相方と私を育てた先輩である友人2人、合わせて5人です。

「いつもの」と言いながら、相方の奥さんである友人は当時の「いつもの」というわけではありませんが、4人が揃えば多少のことは「いつもの」です。

 

もともとは、5人そろって相方の車に乗っていく予定でしたが、友人が娘さんを面倒見なければならない事情ができたため、その友人は小学1年生の娘さんと来ることになり現地で落ち合うことになりました。

 

さて、車で1時間半ほどのところへ行きましたが、あいにくの雨天でしたので、ご飯を食べ、博物館をまわり、お茶をして、そして帰りました。もともと予定をきちんと決めていたわけではないので特にどうだということはありません。ただ、この歳になると、遊びに行くということがどういうことなのか、あまりよくわからなくなります。当時は何でもかんでも遊びにしていたように思いますし、今ではやらないようなことも楽しんでいました。いつものメンバーだからこそ、当時との違いが明確になります。

当時のような楽しい、という感じではありませんでした。それでもやっぱりいつものメンバーでよかったと思うのは、とても楽だったからです。

 

多くの仲間とは異なり、私は地方で暮らしています。歳を重ねるにつれ、多くの友人たちが家庭を築き、子を育て、あるいはマンションを買い、着々と人生の新たな基盤を作っています。生活スタイルの差が大きくなっていくとだんだんと話が合わなくなっていったり、あるいは家庭に対してのお互いの配慮もあったりして、一般的に昔の友人たちと疎遠になっていく理由はそのあたりにもあるようです。

 

そう考えると、今回のいつものメンバーは、なんだかわりとそれぞれがばらばらなスタイルのような気がしますし、今後もどんどん変化をしていくと思うのですが、たぶんいつまでたってもこのままの楽な感じが続くような気がします。話が合うとか合わないとか、昔がどうだったとか、今がどうだとか、この先どうなるかとか、そういうことはあまりどうでもよくて、まさにその時その瞬間を切り取りながら、いいもわるいもひっくるめて、ただ楽に過ごしていくことができるような気がします。

 

 

余談ですが、小学1年生の娘さんとは意外にもこの日が初対面でした。合流する前に車内で友人たちに話していたのですが、私は小学1,2年生がもっとも得意です。そして、その通り、その娘さんとも一番うまくコミュニケーションが取れていたように思います。私がおもしろいと思って言うことの8割は、友人たちにとってはおもしろいとは思えないようなことなので、よく小馬鹿にされていて、それはそれで心地よくありますが、小学1年生の子どもににとっては8割方おもしろいようです。

それを、小学生レベルと言うのか、子どもの相手がうまいと言うのかはお任せしております。