読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

クラブロクラブ

自然な波に乗せられて

スマートに生きる不器用な人

先日、待ち合わせの時間まではまだしばらくあったので、カフェに入って少し仕事をしてました。


隣の席に座ったのは、私と同世代くらいの男女でした。女性が旅行に行った時の話や同行した人の話を落ち着いた関西弁で話していました。男性は真剣そうに話を聞き、ときおり標準語で質問をしていました。時折挟まれる女性の意識改革的な発言に、私だったらげんなりしてしまいそうなところも、きちんと対処する男性でした。まじまじと聞いていたわけではないですが、特に興味深くもないような話だったと思います。それでも途切れることのない会話に、私は感心してしまいました。

 

このブログでも折に触れて書いてきましたが、私は自分の話をすることが非常に苦手です。もっと自分の話をすることに抵抗がなければ、人との会話ももっと楽に臨めると思うのですが、それが難しいのです。かといって、人と会話するのが嫌いかといえばそうではありません。うまく会話ができなかったとしても、それはそれで仕方がないことですし、時には聞くばかりでなく、自分の話を多少なりともしたくなることだってあります。もちろんヘタクソではありますが。


さて、ほどなくして、うら若き二人組の女性がやってきました。二人は電源をとれるカウンター席に座りましたが、席に着くなり二人ともスマートフォンの充電を始めます。まあそれは驚くようなことでもないのですが、横並びに座った二人は各々スマートフォンをいじり始めました。特に何を話すでもなく、ひたすらに画面に押し当てた指を動かしています。しばらくして、二人は席を立ちました。

 

すぐに、また異なる二人組の女性がやってきます。すると、興味深いことに、先ほどの二人組とまったく同じ行動にでました。やはりスマートフォンを充電しはじめ、やはり特に会話することもなくスマートフォンに向かって、そしてしばらくすると、席を立ちました。

 

一人で来ている客の8割はスマートフォンをいじっています。これはまだ理解できます。二人で来ている客も2割程が互いにスマートフォンに向かったまま、さして会話をするでもなく、同じ場所で別々の時間を過ごしています。こちらはまったくもって私の理解を超えています。

 

今さら、というようなことなのかもしれませんが、こうなってくるともう人との向き合い方がわかりません。


一台のスマートフォンによって広がる世界が、一人の人の持つ世界よりもよほど魅力的で壮大で貴重なものなのだとしたら、この先ますます人に厳しい世の中になりそうだと思いました。