クラブロクラブ

自然な波に乗せられて

ファジーデイズ

私が関わるとある組織の話です。

 

中心となっているのは60歳前後の方々です。数年前から少しずつそこに関わることになり、今年に入ってからは私の意思とは無関係にわりと遠慮なく呼び込まれるようになりました。

先日、その組織の年に1回あるかないかの大きなイベントがあるのですが、それの中心的な役割に巻き込まれました。そこで、その組織についてより深く知ることになったのですが、それはそれは厳しいものでした。

 

それなりに歴史のある組織なのかもしれませんが、それを初期から支えてきた人たちが中心になっているのですが、口を開けば過去の話。しかも、いかに自分たちがすごいことをやってきたのかという話。同じ話を何度も何度も聞かされて、もうおなかいっぱいです。

 

さらに、その中心メンバーは10人ほどしかいなにのですが、その間での悪口の言い合いがまたひどい。それぞれの立場から聞かされる身にもなっていただきたいものです。

 

案の定というべきか、そのイベントも実に拙いものとなりました。

自分の過去を美化する、しかし、いざその場に向かってみればまったく機能しない。これまでと違うことは理解できないのか、理解しようとしないのか、同じ持ち場の人同士のコミュニケーションもままならず、任せておけと言わんばかりの態度でいたわりに、結局言われるがままに曲げてしまう。これではまともに動きません。私自身、ひどく恥ずかしくなるほどのものでした。こんな歳の取り方はしたくないと、痛切に感じました。

 

 

少し落ち着いてから、振り返ってみれば、その原因がなんとなくわかってきました。この組織を長く支えてきた人たちは、みんながみんなとは言いませんが、多くは自分がなんとかしてやろうという気概に溢れる人たちだったのだろうと思います。リーダー的というか、自分が引っ張って行ってやろうという人たちです。歳をとっていなくても、やはりそういう気質の人たちは、自分のしてきたことをかなりの割合で美化して話す習性があると思います。むしろ、リーダーはそうやって人を惹きつけて物事を進めていかなければならないのかもしれません。もしそうであるならば、私はリーダーには向いていません。

 

その出来事はもしかすると事実かもしれません。しかし、他人が美化して話してくれるというのならまだいいのですが、自分で美化して話してしまうと、美化していること自体がとても醜く感じられてしまいます。

 

自分のことは卑下するくらいがちょうどいいと、私は思います。