クラブロクラブ

自然な波に乗せられて

近くて遠い

その人が飛行機と電車を乗り継ぎ、到着したころには夜の11時を過ぎていました。先にチェックインだけ済ませるとのことで、頃合いをみて私はその人の宿泊先の正面に車をつけました。

しばらくするとホテルのフロントから、だいぶ小さくなった、それでも十二分に大きな体がこちらに向かってくるのが見えました。前の職場で5年ほど一緒に働きました。同じ日に入社し、同じ日に退社しました。4歳年上のその人は私とまったく違うタイプでしたが、とにかくよく面倒を見てくれました。ちょっと変わっていると思われている私のことを実によく理解してくれました。どちらかというと、望ましい部分をより理解してくれていると思います。

 

その数日前、また別の人を車に乗せました。その人もまた前の職場でともに働いた人です。一つ年上のその人は、私が入社してから2年ほど経ってから入社し、私と同じ日に退社しました。こちらもよく面倒を見てくれて、私のことをよく理解してくれていると思います。どちらかというと、あまり望ましくない部分をより理解してくれていると思います。

 

その二人は同じようなタイプだと思われることがあります。そういう一面も多分にあるとは思いますが、私にとってはまったく異なる存在です。

 

後者とは今の仕事でもいろいろと面倒を見てもらっていることもあり、年に何回かは顔を合わせていますが、少し温度の上げ下げがわからないままなこともあります。おそらく、他者に見せる顔が多岐にわたり、あまりよく何を考えているのかわからないときがある、もう少し正確に表現すれば、何を考えているかはわかったとしてもなぜそう考えるのかわからないときがあるからなのかもしれません。

そう感じてからわずか2日後に前者を車に乗せたのですが、その人とはおよそ1年ぶりの再会でしたが、 助手席に乗った瞬間からすべてが適温に変わったのがわかりました。同じく他者に見せる顔という点で言えば、もちろんいくつかを使い分けているのですが、実際にわかっているかはともかくとして、なんとなくだいたいの使い分けの心情はわかるような気がするからです。それが空間を適温にする関係性なのかもしれません。

 

 

共通しているのは、内面にまじめさをひた隠しにしていること、そしてそれが隠れきらずに出てきてしまっているということでしょうか。

そしてなによりもありがたいことに、こちらに来るときにはたいてい私を呼んでくれるということでしょうか。

 

比較みたいになってしまいましたが、比較する意味もなくどちらも本当にありがたい存在です。