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クラブロクラブ

自然な波に乗せられて

ざわつくところ

第2の故郷と言えるでしょうか、6年間住んだ街があります。

ぶらぶらと街を歩く番組でその街がとりあげられるという情報を耳にして、私はすぐに録画予約をしました。

 

6年の間に、その街のいたるところを自転車で駆け抜けました。

時には心躍らせ前がかりになりながら、時には一人悩みふらつきながら、時には夜中に友人とあてもなくひたすらに、時には新たな友人を案内しながら軽快に、時には日に焼かれ、時には雨に打たれ、時には滑り、時には転び、時には載せて、時には乗せて。

 

 

とにかくはやく観たくて、他に録画していた番組は後回しに。

始まりはいつもの駅前からでした。 住んでいたころとはまるで違うきれいな駅は、けれどもその地を離れてもなお何度も訪ねた駅です。すぐ脇に映る商店街はどこか都会に寄せた田舎感が懐かしく、今も変わりなくその街の一面を象徴しているようにも思えました。

 

私が住むはるか以前からあるのにまったく見かけた記憶のないお店や、私が離れてからできた新しいお店が続き、知っているのに知らない街に、妙にワクワクしていた自分が少し恥ずかしくなりました。

 

 

何度も何度も遊びに行った広い広い公園。

何もわからないままに連れられたイベント。興奮のままに大挙して押し寄せたW杯の夜。わけもなく駆け回った日と、わけもなく佇んだ日。その街を離れる間際の溢れるほどのキャッチボール。

その公園の名前には歴史があったのに、肝心のそれには当時ほとんど関心がなかったことに気がつきます。私にとってのその公園は、歴史よりも日常であり、今では思い出です。

 

続いては、日本でも数えるほどしかないくらいの立派な施設。たしかに何度も足を運んだけれど、近すぎてその価値がよくわかっていなかったのかもしれません。

私にとっての初めてにして唯一のハーフマラソンも、そこから始まり、そこで終わったのでした。走り終えて、マラソンは人生だ、というのは言いすぎだけれど、それでも確かに人生を感じたあの日から、何かが変わって、何かが変わっていないのは確かなのに、何が変わったかもわからなければ、何が変わっていないのかもわからない、そんな自分自身がなんとなく空ろに思えなくもないのでした。

 

番組の終盤に紹介された施設は、当時とは少し変わった、それでいて今もなお当時の特徴を残したままでした。同じ類の違う施設の方が利用頻度は高かったけれど、それでも何度も利用しています。なにより脳震盪を起こした場所でもあり印象的です。病院に運び込まれるタクシーの中で、初めて記憶の復旧作業を体験しました。結果的にたいしたことはなかったのですが、医者が脳震盪になった人には一応すべからく伝えておくべき注意事項、私がそれを確実に遂行できるようにと友人宅に泊まったのは、友人の生真面目さからなのか、その生真面目さを醸し出すこと自体がおもしろいことだったのか、きっと両方なのですが。

 

 

多くの人が青春を過ごす時期は、私にとっては青春とは程遠い日々でした。

 

この街が映されて辿る記憶は、この街の日々が私にとって少しだけ遅い青春だったんだと教えてくれていました。

 

やっぱり、人より少し成長が遅いようです。