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クラブロクラブ

自然な波に乗せられて

穏やかに吹く風と激しく揺れる波

先日読んだ本の著者はイギリス在住のアメリカ人でした。

著者の文才はもちろん、きっと訳者も素晴らしかったのだと思います。日本語とは異なる言葉の流れで、あまり慣れないものではあったのですが、それでいて読みやすく、日本では聞かれないようなユーモアがありました。日本人が書く文章とは違った魅力がありました。英語圏の文化について何も知らないのですが、これが英語圏のユーモアなのか、と妙に感心するとともに、それを損なわないような書き方をしている訳者の仕事ぶりにも頭が下がります。

 

英語はいまや小学生から授業に組み込まれるほど求められる時代です。私は子どものころに英会話教室に通っていた時期もあり、英語が好きではないというほどのことではないのですが、言葉は使わないと身につかないもので、まったくと言っていいほどしゃべれません。

どれくらい英語が話せないかというと、昨年の春先だったでしょうか、イギリスのとある団体が主催するイベントのサポートをする仕事をしたのですが、イギリス人スタッフたちとのコミュニケーションは、ほとんどOKとYesとその場の雰囲気と状況判断だけでやり過ごしたくらいです。それくらい英語が話せません。

 

さて、海外には何度か行ったことがあるのですが、そのたびに多少は良さを感じることはあっても、結局は日本が一番いいと思ってきました。国内ですら(決して多くはありませんが)いろんなところに行ってみても、多少は好きになる街もありますが、やはり今のところが一番いいと思ってきました。あまり変化が得意ではない私ですので、そんな具合にこれまで日本から出て過ごしてみたいと思ったことは一切なかったわけですが、人生の一部の期間、それこそ数年程度であれば、そんなことも悪くないなと思い始めました。

 

もちろんその本を読んだからというわけではなく、そのイベントに携わったからというわけではなく(むしろイベントはイギリス人の印象を悪くする面が多かったくらいです)、周りに海外で仕事をする人がいるからというわけではなく、英語を勉強したくなったからというわけではなく、外国の文化に興味をもったからというわけではなく、あえて言うとすれば、ここ数年のいろんなことの積み重ねと気紛れでそう思うようになっているのです。

数週間ののちにはやっぱりずっと日本でいいと思いなおしている可能性も高いのですが、とはいえ一瞬でもそう思ったことは事実でして、人の価値観はかくもたやすく変わるものなのだということです。