クラブロクラブ

自然な波に乗せられて

もともと見えてたはずなのに

とても嬉しいことがありました。

 

学生時代にとても仲が良かった(と私が思っている)友人がいまして、卒業後も、共に所属していた集団のメンバーが多く集まる機会はこれまでにもたくさんありましたが、そこでもなかなか会うことができませんでした。私が遠方にいることもあり、それ以外の機会も限られていましたし、そういう機会にもことごとく予定が合わず、そうこうしているうちにずいぶんと長いこと会えずにいました。そんな友人につい先日、会うことができました。立て続けに2度。

 

その友人と私を含めた4人の仲間は本当に気が合うメンバーでした。何かにつけて一緒にいたとかそういうわけではなく、共に過ごした時間が長いということだけでいえば他のメンバーもいるのですが、なんとなくこの4人というのはとても好きな組み合わせでした。

4人のうちの一人は数年前に結婚しましたが、式や披露宴を行っておらず、仲間内で式とパーティーを開催するに至りました。そこで久しぶりに会いました。もう一人は新婚旅行のため、そのパーティーには来られませんでしたが、その2週間後に私が近くへ行く用事があったので、ささやかながらお祝いをすることになりました。それが2度目です。

 

私はその友人に会えることをとても楽しみにしていました。と同時に、少し不安もありました。
私は人とコミュニケーションをとるのが得意ではありません。小さいころから引っ込み思案で根暗で恥ずかしがり屋で、大人になるにつれてさすがにそれだけではまずかろうということで、一部ではそれとは反対の面も出せるようになってきたのですが、そのバランスのとり方もうまくない。仮に自己表現をする際の明るさを10段階で表すとするならば、通常は1か2くらいの暗さですが、反対の面が出る時は、8とか9くらいの感じ、こと仲間内の催し物などでは10にも届かんとする勢いになってしまって、5くらいのちょうどいい感じがなかなか出せないのです。それゆえ、どういう人たちにどういう感じで自分を出していたかがよくわからなくなるということが往々にしてありまして、それが間違うと久しぶりに会う人には驚かれたりもするのです。またその驚きが見られると、失敗したと思ってしまうのです。ですから、久しぶりに会う場合、いつも不安を抱えながらその時を迎えるのです。

 

さて、パーティーの席でいよいよ再会です。

とても素敵になったと感じました。もともと持っていた魅力を隠さんとするためにまとっていた余計なものを捨て去ったような、そんな素敵さでした。

ゆっくり話がしたかったのですが、続々と人が訪れる中ではそうもいかず、当たり障りのない話に終始していたように思います。が、不安は消えていきました。

 

2週間が経ち、その友人と私は新婚旅行帰りの友人へ贈るお祝いの品を選ぶために少し早目に待ち合わせをしました。
プレゼントを選んだり、店員さんとのやりとりをしたり、ぶらついたりしました。その間、身のある話も身のない話もしました。
インパクトがあったり、派手な言動は印象に残りやすいのですが、「この人らしい」と思うところは日常に埋もれていて、あたりまえすぎたり、さりげなさすぎたりして気がつかない、というより意識することがなかったりします。久しぶりに一緒にいたことで、この人らしさをしみじみと感じ、とても大きな安心感で包み込まれました。

主役の友人との待ち合わせの時間になり、3人で食事をしました。非常に対照的な二人なのですが、この二人は今でもよく旅行に行ったり、食事をしたりと、仲がいいのですが、私から見てもとても気が合うことも容易に理解できました。そして私もこの二人といるのがとても楽でした。また、この二人の関係性ややりとりから、より「この人らしさ」が伝わってきました。

 

先の10段階で表すなら、私は1や2でもなく、8や9でもなく、自然に5くらいのちょうどいいバランスで過ごしていました。おそらくその友人も5くらいだったのではないかと思います。

そういう友人は私にとっては貴重な存在で、こういう人が私は好きです。


「出会い」というのがどの瞬間かというのは考えてみるとよくわからなくて、相手の意外な部分とか本当はこういう人だったんだと気がついたときの方が「出会い」という言葉に似合っている、というようなことが何かの本に書いてありました。

その時は、わかったようなわからなかったような、だったのですが、その友人との再会はもしかするとそういう出会いだったのかもしれません。