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クラブロクラブ

自然な波に乗せられて

はっきりじわじわ

何かに対して情熱をもって活動している人に巻き込んでもらえると、自分の抱えている悩みや立ち止まっていることがけっこうクリアになったりするものなのですね。

一人ですべてやり切れるわけではないことにもかかわらず、思いが強すぎて抱えてしまっているところなどをみていると、どうにも手助けしたいのですが、なかなか思うようにうまく介入できない部分も多く力不足を感じましたが、それでも少なからず携わることができて、また次回につながる手ごたえを得られました。

そして、今度は私の番だというわけではありませんが、なんとなくすっきりしたような気持ちになり、力強い推進力をもらいました。

 

一方で、そういう熱量に対して実に鈍感で、とてつもなく不遜な態度で接する人たちもいるわけですが、これはこれで非常に際立ち、こうはなりたくないと明確に意識させられます。なぜ快く対応できないのかと、理解することが難しいものです。

価値観の違いと言えばそれまでですが、社会的な役割というものがある場合もあります。個人の価値観というレベルではなく、置かれた立場を考えた言動に気を配るべき事柄もあるのですが、そこまでは求めすぎなのかもしれません。

 

さらには、それだけの熱量をもって成り立つ事柄に対して粗捜しに終始する人たちもいます。確かに難癖をつけようと思えばどれだけでもつけられるものかもしれません。無理やりその場にいさせられた人たちならば仕方がないと思えなくもないのですが、自ら望んで参加している以上はある程度の配慮は欠くべきではありません。そこに至るまでの過程を想像することができれば、その場がどんな想いで作られているのか、少しくらいは感じ取れるはずです。

改善するための意見なのか、批判することで自分たちが優位に立ちたいだけなのか、同じ内容でも言い方ひとつで伝わり方はまったく違います。それを考慮して発言できるかどうかは、基本的なスタンスによるところが大きく、自然に滲み出てしまうのです。

 

 

というように、熱量があるものを中心に、それぞれのかかわり方の違いが際立ちます。

そうすると、自分がどんなことに関心があり、何を大事にして、どうありたいかということがわかります。自分の進むべき道が少し照らされます。

その情熱に感謝します。