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クラブロクラブ

自然な波に乗せられて

あなたはあなた、みんなはみんな

わけあって、新年早々から数字関係のことで初めて取り組む課題がありまして、予備知識としてはいくらか頭に入っていたんですが、実際面と向かってみるとその知識の薄さに驚くばかりでした。

人に聞けばいいんでしょうけど、小さいころの教えもあって、わからないことがあったら人に聞く前に自分で調べよう、というのがすっかり染みついてしまっている私です。本を読んだりインターネットで検索したり、しばらく前に勉強したことを引っ張り出して来たり、なんとなく頭の片隅に残っている知識をほじくり返してみたり。まったくもって効率的とは言えないながらも、少しずつわかるようになってきました。

 

さて、この作業を通していろいろなことを再認識するにいたりました。

一度にいくつも書くと散らかってしまうので、短めに次々と書いてみようと思います。

 

ということで、まず一つめ。

 

どんな分野でもそうですが、専門的になればなるほど聞きなれない言葉や小難しい書き方、複雑な仕組みが出てくるような気がします。今回の件でも、なんのことだかわからない単語に幾度もお会いすることになり、その言葉を理解することだけで幾分かの時間を費やさざるを得ませんでした。

でも、書いた側もわざわざ難しくしているというわけではないのでしょう。誰もが誤解なく正確に認識できるように表現したり、もともと複雑な作業を要する事柄についてもっとも単純に効率よく行おうとした結果が、そういった言葉や表現、仕組みとして表れているんだと思います。そういう努力の末に、それでも難しい言葉になってしまったのでしょう。

聞きなれない言葉は、少なくともその言葉が誕生した時点では、もっとも正確に表しうる、もっともわかりやすい言葉だったはずです。小難しい書き方として表現されているものでも、もっとも正確に表現しうる、もっとも易しい書き方であるはずです。

もしこれを柔らかい表現にしてみようとしても、ある人たちにとってはとてもわかりやすいけれど、ある人たちにとっては余計に理解できないものになったり、伝えたい意味がきちんと伝わらなかったりするのではないかと思います。

少なくとも私は、万人に確実に伝えられることという前提のもとで、それ以上にわかりやすく書き直せる自信は微塵もありません。しかしながら、この内容を知人に説明しろと言われれば、もう少しわかりやすく説明することは可能です。

つまり、同じ内容を説明するにも、個別にわかりやすく説明することと、万人にわかりやすく説明することは大きく違います。

 

本当は違うものなのに同じものだと思ってしまって、すべきではない期待との差にストレスを感じてしまうというのがよくある話なのでしょう。でも、はじめから違うことをわかっていれば、それなりのとらえ方ができるはずなのです。

 

受け手が出し手の状況を理解するということがいかに大切かがわかります。

それは、なかなかどうして難しいことでもあるのです。

だからこうして気がつくたびに反省するのです。