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クラブロクラブ

自然な波に乗せられて

見えないけれど騒々しい

今年はいつになく映画を観に行っています。

昨年までの私からは想像もできません。

人は少しのきっかけで変わるものなのですね。

 

 

さて、「懐疑的なニッポン」の回で、三谷幸喜さんの「清須会議」について雑感を書いてみましたが、別の機会にずっしり残るものについても書きますよ、というようなことを書いていました。

別の機にと言っておいて、その後いっさい触れないというパターンも何度かやっていますが、先日、2回目の鑑賞に行きましたので、書き留めておくことにしましょう。

興味ないと思いますが、(というか、このブログを見ている人なんてほとんどいませんが、)まあ一応。

 

 

この映画は、柴田勝家羽柴秀吉の戦いがメインではあるものの、この二人以外の登場人物についてもとても丁寧に描かれていました。

 

織田家の跡取りが最大の焦点でありますが、多くの登場人物が同じテーマに向き合っていますので、その人となりが如実に浮かび上がってくるのです。

置かれた状況や立場、思惑などによって、それぞれの人物がさまざまな行動をとることになるわけですが、その行動にいたる思考が人それぞれでとても面白いわけです。

 

誰のためなのか。

何をしたいのか。

どのように優先順位をつけているのか。

どういう視点で物事を見ているのか。

どこまで先を見越しているのか。

 

それぞれ良い悪いがあるわけではないのですが、誰もが同じ組織に属していながらも、誰一人として同じではない。

そうするとどうしても、何を考え、どんな行動をするのかがガラッと変わってくる。

それぞれの正解があっていいし、結果、それぞれの失敗がある。

もっとも、そんな組織はうまくいくはずもないのですが。

 

一つの行動には、その行動に至る理由や心情がある。

理屈だけでも心だけでもとらえきれないものなのでしょう。

これはいつの時代にも通じる普遍的なものでしょうね。

だから人は理解し合えないし、だから人は面白いのだと。

そんなことをまざまざと見せつけられた気がしています。

 

 

お市の方、寧、松姫という3人の女性がとても印象的でした。

それぞれがそれぞれに譲れないものがありました。

現代よりもずっと男社会であった時代ですが、その力が少なからず歴史を動かしたのでした。

それがとても大胆に、特徴的に描かれていました。

この映画の裏テーマが「女性」なのではないかと思ってしまうほどに。