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クラブロクラブ

自然な波に乗せられて

こうでなければならないってことはない宇宙的な計画性

いつもと違う日々がやってきました。

今の日常とも違う、昔の日常とも違う、いわば、ザ・非日常の日々。

にもかかわらず、そこに漂うのは、これまでの日常以上の日常感という不思議。

 

 

日本一だとか、世界的だとか、そんな客観的な数字や専門的な評価などはどうでもいいのです。

私の最大の理解者たちが一つの節目に向けて事を成すという事実、

そして、その意味合いとその過程とそこに私がいるということ、

ただそれだけが私にとって、もしかしたら彼らにとっても大切なことだったかもしれません。

だからこそ、日本あるいは世界という規模の相手に対しても微塵も臆することなく挑むことができたのでしょう。

目に見える険しい道に対しても、ごくごく平坦な道に感じていたのだと思います。

 

 

三者三様、得意分野がそれぞれあります。

思い返せば、それを三者が当たり前のごとくわかっているという安心感がありました。

 

想いを形にすべく練り上げられた計画の、

万事滞りなく進むように企てられたフィールドにできたほんの少しのギャップの狭間で、

不器用に踊るピエロは恥ずかしいほどに見透かされていました。

恥ずかしいほどに見透かされても不器用なピエロであることには変わりはありませんでしたが、

この計画を支えていた強さから珍しく溢れ出た弱さに、

その動揺を隠すため、一転、様々な計算をもとに堂々と進行すればするほど、

もう一方の優しさを目の当たりにし、顕著になるその対照性に本質を感じました。

 

 

総じて、感動したというわけではありませんが、思い出しました。

そして、確認し、また、確信しました。

 

 

たった一つの会話の中で発せられた言葉から滲み出る優しさと、

たった一つの会話からうかがい知れる絶大なる信頼感は、

私の知る4,5年間とその後の5年間、そして、それ以前の18,19年間に歩んできた道のりに間違いがなかったと理解するには十分すぎるほどでした。

 

 

最高到達点で「ありがとう」と言っていました。感謝が似合う二人でした。

 

本当は、私の方こそ「ありがとう」なんですが、なんだか言葉にできませんでした。