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クラブロクラブ

自然な波に乗せられて

環状線からハイウェイへ

とある私の知人に、とても感情が豊かで、とても魅力的な人がいます。

 

その知人、ここのところ無感動になっているらしいです。

いつごろからなのか詳しくはわかりませんが、おそらく数年前からでしょうか。

 

 

さて、昨夜からずっとサッカー日本代表W杯出場決定というニュースが流れています。

私、本当に久しぶりに日本代表の試合を丸々一試合テレビで観ることに成功しました。

 

一時はテレビ観戦では飽き足らず、スタジアムにも足を運んで観るくらい、けっこうちゃんと応援していたんですが、ここしばらくは、(いろんなことがあって)サッカー観戦の機会が減ったこともありますし、(いろんなことがあって)邪念なしに観ることが難しくなっていたため、わりと長い期間、きちんと観ることができないでいました。

 

が、今回は、直前までまったく意識していなかったのですが、(さらにいろんなことがあって、)W杯もかかった試合だし、久しぶりにじっくり観てみようかと。

 

で、ご存じの通り、最後の最後に本田選手がPKを決めて引き分け、W杯出場を決めたのでした。

 

さて、本田選手と言えば星稜高校です。

彼は高校3年の選手権でベスト4まで行っています。

 

私は当時、国見高校渡邉千真選手に注目していまして、何人かの知人とともに準決勝の試合を国立競技場に観に行きました。

渡邉選手が登場したのは第1試合でした。

国見高校も奮闘していましたが、惜しくも負けてしまいました。

渡邉選手も本来の力を発揮しきれなかった印象でした。

ちなみに渡邉選手はその後、大学に進学し、卒業後は横浜F・マリノスに入団、今はFC東京でプレーしています。高校でも注目されていましたが、大学でも堂々たる結果を残し、プロ入り後も成長を続け、今では一流の選手となりました。

 

話は戻りまして、第1試合終了後、さほど間を空けずに第2試合が行われました。

せっかくなので、この試合も観ました。おまけのつもりでした。

そこに本田選手がいました。

試合中、終始目立っていました。

プレーの質が高いというよりは、存在感があるという印象でした。

明らかにまわりの選手とは一線を画する存在感を持っていました。

第1試合も含め、この日に試合をした4チームには、渡邉選手はじめ後にプロになる選手がいましたが、明らかに他とは異なる存在感でした。

大げさでなく、試合を観た人のほとんどが同じように感じていてもおかしくないと私は思っています。それほど圧倒的でした。

試合は、後半ロスタイムに追いつくも、PK戦で惜敗。

しかしながら、私も、一緒に行った知人たちも、しばらくは本田選手に出会えた興奮を隠せませんでした。

数えきれないほどスポーツ観戦に出かけておりますが、この時の衝撃は5本の指に入るものでした。

 

そんな思い出深い本田選手が、すっかり日本代表の絶対的なエースになっているわけです。 

 多少なりとも感慨深いものがあってもいいのですが、そうでもなかったのです。

W杯出場が決まったのに、そうでもなかったのです。

 

 

とっくに気がついてはいましたが、すっかり私も無感動になったなぁと。 

 

 

でも、本当に無感動なのか、そうとばかりも言い切れないはずだと思っている自分もいるわけで、なんとか無感動の理由を考えようとしてみるわけです。

 

 

大して深く考えなくてもわかることは3つです。

 

ひとつは、感動レベルが上がっているということ。

これまでに経験したレベルの出来事では改めて感動することもないのでしょう。

私のまわりで起きていることは、これまでの感動を上回るほどのことではないのだと思います。

 

ふたつめは、自分がちゃんと向き合ったことじゃないと感動しないということ。

直接的にかかわっていなくてもいいとしても、少なくとも強い思い入れがあるとか、それだけの想いや時間をかけてきたとか、そういったことがなければ、そう簡単に感動するものではないのでしょう。

 

さいごに、価値や想いを共有・共感できる仲間がいるということ。

私の場合、それまでとても近くにいたはずの一緒に感動できる仲間が、気が付いたら少し遠くに行ってしまっているというような状況なんじゃないかと思いました。

 

 

きっと、無感動になったんじゃなくて、たまたまいろんな条件が揃ってなくて感動するには至らないというだけだということで。

 

逆に言えば、条件が揃ってこれば、また自然と感動もやってくると思うわけで。

 

だから、感動するために生きているわけではないけれど、もうしばらくは無感動でもいいやと思いました。