クラブロクラブ

自然な波に乗せられて

ミルフィーユ

それは、彼が13歳とちょうど3か月を迎えた日のことだった。

 

 

同じファミリーの一員ではあったが、それまで彼との面識はなかった。

もちろんご家族ともお会いするのははじめてだった。

 

なんと声をかけていいかわからなかったし、実際、声をかけることはできなかった。

 

 

私が尊敬してやまない、ファミリーのすべてを支えていた2人は、ここでもすべてを背負った。

また、当事者を除き、彼との距離が一番近かったのは、私がもっとも信頼し、尊敬し、もっとも行動を共にすることが多い人であり、同じように2人とともにすべてを背負った。

 

彼らはご家族のもとを何度となく訪ねた。

彼を偲び、ご家族を想い、その気持ちをファミリーに刻んだ。

私は私なりに受け止めようとした。

到底受け止めきることはできないが、受け止めきりたいと思った。

 

月に一度、彼を訪ね、年に一度、ご家族を訪ねる。

不思議と晴れることが多い。雨が降っていても、なぜか止むことがある。

だからよく、そこでは空を見上げる。 

 

 

1年前の今頃には想像することすら困難ではあったが、すべてを支えていた人たちは、今、そのファミリーにはいない。

そして、私も。

 

ファミリーを去る直前、彼に手紙を渡すため訪ねた。

その日はそこだけ大雪だった。

 

 

その後も月に1度、彼を訪ねている。

先日、ちょうど彼が16歳になるはずだった日にも、彼を訪ねた。

そこで偶然ご家族にお会いし、招き入れて頂いた。

一人で彼を訪ねたときに、ご家族にお会いするのは、初めてだった。

 

不思議なもので、ファミリーをファミリーたらしめていたものが、すべてを支えていた彼らのいなくなったファミリーから、なかば必然的に去ることになった私にも、少しかもしれないがちゃんと流れているのではないかと思った。

 

今にも降り出しそうな空模様、私が岐路につくまで雨粒が落ちることはなかった。

 

 

 

そういえば、さだまさしさんの「風に立つライオン」という歌には、

「あなたや日本を捨てた訳ではなく 僕は現在(いま)を生きることに思い上がりたくないのです」とあった。

 

そういえば、アンパンマンの主題歌「アンパンマンのマーチ」には、

「何のために生まれて 何をして生きるのか わからないまま終わる そんなのは嫌だ」とあった。

 

 

そこに一歩だけ近づいた気がした日もあった。

 

歩みが遅いのは生まれつき。